あんぱん東海林の病気の死因はガン?史実についても

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NHK連続テレビ小説・朝ドラ「あんぱん」津田健次郎(つだ・けんじろう)さんが演じる東海林さんこと東海林明(しょうじ・あきら)が久々に登場しましたが、なんと病気で死亡してしまう展開でしたが死因とは?

「あんぱん」で東海林の死因の病気の病名とは?ガンなのか?モデルの史実とともにご紹介します。

目次

あんぱん東海林が病気で死亡のネタバレ!

朝ドラ「あんぱん」に久々に高知新聞で嵩(北村匠海)さんとのぶ(今田美桜)の上司だった、津田健次郎さん演じる東海林明が登場しました。

予告にも登場していたので、SNSでも話題になっていましたね。

以降で東海林明の死亡についてネタバレします。死因の病気とは?

朝ドラ「あんぱん」とは

“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。

引用元 公式サイト

NHK連続テレビ小説「あんぱん」は2025年3月31日からスタートした第112作目となる朝ドラ。

やなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルにしたフィクションで、オリジナル作品です。

主人公でヒロインの朝田のぶ役を今田美桜さん、夫の柳井嵩役を北村匠海さんが演じています。

東海林明とは?

高知新報の「月刊くじら」編集長。戦後の闇市でのぶと出会い、のぶに高知新報の採用試験を受けることを薦める。

引用元 公式サイト

高知新報の編集局主任だった東海林(津田健次郎)。

熱血漢上司の東海林ですが、おっちょこちょいで抜けたところもある、人間味のある人物です。

速記の練習をしていたのぶ(今田美桜)に声をかけ、上司を説得してのぶを採用しました。

高知新報で始まった月刊くじらの編集長となり、面接に来た嵩(北村匠海)をのぶの手助けもあり採用。

ともに月刊くじら編集室で働くことになります。

高知出身の政治家、鉄子(戸田恵子)がのぶを気に入り、秘書として欲しいと熱望。

迷うのぶの背中を押しました。

のちに高知新聞を退社し、のぶを追って上京することになった嵩。東海林はふたりを祝福します。

そこから東海林は「あんぱん」に登場しませんでした。

東海林が死亡のネタバレ!病気なの?

ここからネタバレです。知りたくない方はご注意ください。

朝ドラ「あんぱん」119話で突然登場した東海林(津田健次郎)。

柳井家にやってきた東海林に驚くのぶ(今田美桜)。

てっきり旅行でやってきたと思ったのぶでしたが、東海林は高知新報を定年退職し、暇を持て余していた、と話します。

東海林は嵩(北村匠海)のことを、ずっとあのずば抜けた才能を買っていた、と話し、こう続けます。

「記者としては、ずば抜けてポンコツだったけどな」

東海林は腑に落ちない作品がある、と話し始めました。

「雑誌に載った、マントでヨロヨロ空を飛ぶおっちゃんの話」

アンパンマンのことだとわかったのぶは「お気に召しませんでしたか?」と聞きます。

東海林は「気になってたまらんがよ」と答えました。

「ヒーローなのにどうして悪者を倒さず、カッコよく飛ばない?どうしてボロボロのマントを着ちゅう?」

のぶは嵩と自分が思う、正義についての思いを話します。

正義を行うなら、自分も傷つくことを覚悟しなきゃいけない。
かっこいいのは真のヒーローではなく、困っている人を救うのが真のヒーロー。
アンパンマンはカッコ悪くても弱くてもいい。
アンパンマンは嵩さんの信じる唯一の正義の味方

それを聞いて納得する東海林。

慌てて帰ってきた嵩に、東海林はこう告げます。

おまんらはついに見つけたね。ひっくり返らない正義を。もっとあのおじさんを描け。

そう言うと、ふたりが引き止めるのも聞かず帰って行きました。

それから数日後。高知新報でのぶの同期だった琴子(鳴海唯)から手紙が届きます。

琴子は高知新報で月刊くじらの編集員だった、岩清水( 倉悠貴)と結婚していました。

当時は出世しそうにもない、と岩清水に目もくれなかった琴子です(笑)

手紙を開けて驚く嵩とのぶ。

東海林が亡くなった、死亡したと書かれていたのです

東海林は以前から病気を患い入院していました。

ですがどうしても確かめたいことがある、と病院を抜け出してのぶと嵩に会いに来たのです。

命を縮めてまで会いに来てくれた・・・そう思った嵩は、何かにとりつかれたように絵を描き始めました。

そしてついにあんぱんを顔にしたアンパンマンが誕生。モノローグが完成します。

正義は逆転する。正義はカンタンにひっくり返る。
じゃあ、ひっくり返らない正義とはなんだろう。
お腹を空かせている人に、パン一切れを届けることだ

新しいアンパンマンを見て、のぶは涙を流しました。

のぶや嵩をいつも叱咤激励し、背中を押してきた東海林。

ふたりが見つけた逆転しない正義を見届け、旅立って行きました。

あんぱん東海林の病気の死因とは?ガンで死亡した?

このように東海林の死因の病気ですが、手紙では、病気だということしかわかっていません。

その病名は不明でした。詳細な病気については、ドラマの中では明かされませんでした。一体なぜ死亡してしまったのでしょうか?

既に入院していて死期が近かったこと、おそらく余命宣告を受けていたからこそ、死ぬ前に崇とのぶに会いに行ったのでは?と思います。

余命宣告を受けた病気とは?

やはり一番に思いつくのがガン【癌】だと思います。

現在ではガンは早期に発見できれば、治癒率が高まっていますが、当時といえばガン=死と考えてしまう病気でした。

ガンの可能性が高いのでは?と思います。

このように、はっきりとしなかった東海林の死因ですが、モデルの死因の病気とは?なにだったのか?モデルの方について以降でご紹介していきます。

東海林のモデルは青山茂!死亡の史実とは?

朝ドラ「あんぱん」東海林明は高知新報の「月刊くじら」の編集長です。

東海林のモデルといわれているのは、高知新報のモデル、高知新聞社の月刊誌「月刊高知」の編集長だった青山茂さんです。

青山茂とは

青山茂さんは1908年生まれで、やなせたかしさんより11歳ほど上になります。

「青山のお坊ちゃん」と呼ばれるほど、恵まれた家に育ったそうです。

祖父は高知市会議員を務め、父親は皇宮警察署に勤めていました。

やなせたかしさんの弟、千尋さんと同じ城東中学校を卒業し、早稲田大学政経学部に進学。

幼いころから鏡川で泳いでおり、大学の時に800メートル自由形で日本記録を更新されました。

新聞連載漫画「フクちゃん」などの漫画家、横山隆一さんや、直木賞作家の田岡典夫さんは古くからの親友です。

横山隆一さんは青山茂さんのことを「昔から高知とわたしの間のパイプ役をつとめてくれた」と語っておられました。

高知の用はすべて青山茂さん(「青す」と呼んでいます)の指示を受けていたそうです。

のちに青山茂さんは高知の文化事業推進役を務め、幅広い交友関係がありました。

記者を目指す

大学生のときに新聞記者になると決意し、大学を退学され、文化学院でジャーナリズム講座を受けます。

1933年に高知新聞社に入社され、1年の見習い後に学芸部の記者になり、のちに部長も務めました。

高知を訪れる文化人とも交流され、井伏鱒二の紀行文「土佐の土居城」にも名前が登場するほど。

「あんぱん」東海林はお酒を飲みますが、青山茂さんは一滴も飲めなかったといいます。

花づくりとカメラが趣味だったそうです。

月刊高知

1946年に高知新聞社で「月刊高知」を出すことになり、青山茂さんは編集長に任命されます。

編集部員はやなせたかしさんと、のちにやなせたかしさんの妻になる小松暢さん。

そして品原淳次郎さんの4名でした。品原さんは「あんぱん」岩清水のモデルといわれています。

※画像左が青山茂さんで右が品原淳次郎さん

月刊高知は創刊号の3000部が、2日間で完売するほどの大反響となりました。

1950年に月刊高知が廃刊となり、青山茂さんはタブロイド誌「こども高知新聞」初代編集長に任命されます。

その後は幡多支社長なども歴任されました。

高知新聞社退職後

1988年に高知新聞社を定年退職。四国銀行に迎えられ、四国銀行「百年史」の編集作業に携わります。

プライベートでは庭でバラを育て、お孫さんと水遊びを楽しんだといいます。

死因は病気?

青山茂さんは1981年に73歳でお亡くなりになったそうですが、死因については公表されていません。

今回の東海林の死は史実にのっとったものなのか?オリジナルなのか?もし何かわかりましたら情報更新していきます。

高知新聞退社後もやなせたかしと青山は交流があった?

やなせたかしが高知新聞社を退社

やなせたかしさんが高知新聞社に勤務されていたのは、1年ほどでした。

たった1年で辞めることで、周りからの非難もあったようですが、高知新聞社の重鎮、中島さんという月刊高知の発行責任者が、かばってくれたそうです。

「志を立てて上京しようとしている柳瀬君。快く送り出すべきではないか」

こうして円満退社となったやなせたかしさん。

後のエッセイで「わがままだった若者の僕を、多くの先輩がかばってくださった恩は忘れません」と綴っておられます。

やなせたかしさんの最後の編集後記です。

もう一度出発点にかえり振り出しからやり直してみるつもりです
生きてさえいればまた逢えるというものでしょう

同僚で同じ月刊高知の編集員だった品原さんが、それに答えています。

人はそれぞれの場所を一生かかって探さねばならない
本当に自分を生かす仕事のためには
彼はそれを見いだしたのだから快く送り出そう

やなせたかしと青山は交流があった?

やなせたかしさんは上京し暢さんとご結婚され、三越で働いていましたが、このときも漫画や手記を高知新聞社に寄稿していました。

1947年から2年間『マックロちゃん』という4コマ漫画を描いたり、漫画作家の発掘に開いていた公募展の審査員も務めました。

1948年から1950年にかけ、何度か月刊高知の表紙を手掛け、暢さんに似た女性のイラストを描いたりもしています。

1999年からは、やなせたかしさんがお亡くなりになる直前まで「オイドル絵っせい」という隔週連載もありました。

2005年にやなせたかしさんは、高知新聞社の「高新大賞」を受賞されています。

これは地域の文化や福祉、教育に貢献した人に贈られる賞で、やなせたかしさんは大喜びされたそうです。

『マックロちゃん』の連載のときには、やなせたかしさんと手紙のやり取りをしていたという青山茂さん。

やなせたかしさん退社後も、よき理解者として寄り添っていたようです。

青山茂さんのご自宅からは、やなせたかしさんの作品漫画『メイ犬BON』の宣伝を頼む手紙も見つかったとか。

手紙を大事にされていた、ということからもお二人の信頼性がうかがえますね。

まとめ

NHK連続テレビ小説「あんぱん」津田健次郎さんが演じる東海林明はこれから死亡します。

死因は病気だと思われますが、どんな病気だったのかはわかりません。

入院していたので、闘病中だったのでしょう。

東海林のモデルは高知新聞社で、月刊高知の編集長だった青山茂さん。

やなせたかしさんの11歳ほど上で、やなせたかしさんが高知新聞社を退社したあとも交流がありました。

やなせたかしさんは退社後も長く、漫画やエッセイなどを高知新聞社に寄稿。

ご自身の漫画の宣伝を青山茂さんに依頼した手紙が、青山茂さんのご自宅から見つかっています。

青山茂さんは1981年に73歳でお亡くなりになったそうですが、死因は公表されていません。

朝ドラ「あんぱん」東海林は、史実よりも早く亡くなるようです。

久々に登場した津田健次郎さんですが、早くの退場・・・寂しいですね。

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