チョッちゃん中本喜作役は伊奈かっぺい!現在の活動とは?

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NHK連続テレビ小説・朝ドラ「チョッちゃん」で蝶子が電車の中で出会う青森のりんご農家・中本喜作(なかもと・きさく)役のキャストは伊奈かっぺい(いな・かっぺい)さんです。

朝ドラ「チョッちゃん」リンゴ農家の喜作役の俳優・伊奈かっぺいさんののプロフィールや、現在の活動についてご紹介します。

りんごをくれたと喜作との関係とは?

目次

チョッちゃん中本喜作役の伊奈かっぺいとは?青森のタレント?

息子の雅紀が死亡したり、夫の要さんが戦争に行ってしまい、父親の俊道が死亡したりと悲しい出来事が続いている朝ドラ「チョッちゃん」。

以下の記事では要さんの戦争のネタバレをご紹介しています。

チョッちゃん要さんは戦争でどうなる?戦死か戻ってくるかネタバレ

そして朝ドラ「チョッちゃん」で古村比呂さんが演じるヒロイン蝶子が汽車の中で出会う、青森のリンゴ農家の喜作。

中本喜作役を伊奈かっぺいさんが演じました。

青森放送

伊奈かっぺいさんは青森県弘前市出身。青森短期大学を卒業されています。

学生時代には演劇を志し、NHK放送劇団に入団されていました。

大学卒業後に陸奥新報社に入社しましたが、整理部に配属され出社が午後6時と聞き、即日辞職(笑)

1968年に青森放送に入社されました。

青森放送では様々な番組を手掛け、局内では「放牧社員」と呼ばれていたとか(笑)

ディレクターとしては、ACC賞、民放祭などで数多くの賞を受賞されました。

趣味でタレント活動

1974年に日記的な自作の方言処女詩集「消しゴムで書いた落書き」を自費出版され、1977年日本コロムビアからレコード化。

そのころから歌手やラジオパーソナリティとして活動を始め、東北一帯にその名が知られるようになりました。

東京の小劇場「渋谷ジァン・ジァン」で、定期的に津軽弁トークコンサートを開き、同郷の矢野顕子さんや古舘伊知郎さんと並ぶ人気に。

ここでのライブは劇場が閉館される1999年まで続けられました。

日本コロムビアに誘われてリリースしたアルバムは、2015年まで全37枚に。

1970年代から13日の金曜日には地元の「だびよん劇場で」トークライブを開催していました。

第1回目は知り合いのみの3人だけが観客でしたが、口コミにより会場が満杯になるように。

やがてライブCDも発売されました。

1978年からは、4人のお子様に毎日書いた「絵だより」の展示会が行われていました。

「絵だより展」は2015年まで続けられています。

ローカルCMにも多く出演され、ローカルタレントとして有名になった伊奈かっぺいさん。

よく青森放送を辞めないのか?と聞かれたそうですが、まったく辞める気はなかったそうです。

理由はよくある一発屋にはなりたくなかったから。毎月25日に給料がもらえるサラリーマンが良いのであって、プロ意識もなく芸能人でも芸人でもない。

あくまでサラリーマンの趣味として活動されていた、とコメントされていました。

全国区のタレントへ

1980年代にホリプロに、タレント活動のマネジメントを委託した伊奈かっぺいさん。

1986年からホリプロの大御所、和田アキ子さんとの番組で初めて全国区のタレントになりました。

その番組は「かっぺい&アッコのおかしな二人」。

伊奈かっぺいさんと和田アキ子さんの司会で放送された、トークバラエティ番組です。

この番組は1988年まで放送されました。

その後も東京で制作される全国ネットのテレビ番組にも、多くご出演されています。

「徹子の部屋」や「ひるのプレゼント」など。「24時間テレビ」のパーソナリティも務めました。

歌手としては「雪やどり」「みちのくふれ愛めぐり愛」「ひとり旅ひとり言」をリリースされています。

俳優として

俳優としてドラマや映画にもご出演されています。

ドラマは「太陽にほえろ」銀河テレビ小説「素晴らしき帰郷」、土曜ワイド劇場「津軽・青森 ロマンチック殺人街道」など。

映画は「田園に死す」「あいつに恋して」「はっちゃき先生の東京ゲーム」などです。

「俺は上野のプレスリー」ではナレーションを務めました。

伸びた定年退職

55歳だった2002年に定年退職を迎えるはずでしたが、青森放送で定年が60歳まで伸び、退職が5年のびました。

2002年って、定年が55歳だったんですね!

2003年に小脳梗塞を患い、一時番組を離れましたが、幸いに重篤ではなかったので1か月後に復帰。

体のことを考え、毎年行っていたRABラジオ・チャリティー・ミュージックソンのプレイベント「伊奈かっぺいとおかしな仲間」が中止となりました。

2007年に青森放送を退職され、その後はコンサートークなど幅広く活動されています。

伊奈かっぺいの現在の活動とは?

現在の活動や年齢

伊奈かっぺいさんは現在78歳です。2007年に青森放送を退社され、現在も幅広くご活躍されています。

2022年にはレコードデビュー45周年のトークライブ「まだ生きてます」が開催。

2024年には産経新聞東北版で連載されたものをまとめた「言葉のおもちゃ箱 伊奈かっぺい綴り方教室」が発売されました。

伊奈かっぺいさんが代表者のひとりである「津軽弁の日やるべし会」では、毎年10月23日に催し物が行われていて、2024年にも開催されたので、今年も開催されることでしょう。

現在ラジオ番組2本放送

伊奈かっぺいさんの冠場組であるラジオ放送は、現在2本放送されています。

伊奈かっぺい・旅の空うわの空

青森放送のラジオ番組で、1996年にスタートしました。

基本的に生放送で、伊奈かっぺいさんのトークを中心に、リスナーからの手紙やFAXなどから話題が広がることもあります。

伊奈かっぺい・ことわざのわざ

2016年から青森放送ラジオでスタートした番組。一部のほかの地域や、ラジオクラウド上でも聴取できます。

名言やことわざ、四文字熟語などを伊奈かっぺいさんが独自の視点で解説。

そこから言葉遊びに展開していく、という番組です。

伊奈かっぺいさんは現在もこのように、変わりなくご活躍されています。

チョッちゃんで青森のリンゴ農家の喜作とは?チョッちゃんとどんな関係?

喜作とは

喜作は青森でリンゴ農家を経営しています。

チョッちゃんが滝川から東京へ戻る汽車のなかで、喜作と知り合いました。

親しくなった喜作はチョッちゃんにリンゴをあげます。

さらにリンゴを送る、と言うのでチョッちゃんは喜作に東京の住所を教えました。

このように喜作とチョッちゃんは、リンゴが結んだ縁で知り合います。

実話

喜作との出会いは実話を元にしています。

チョッちゃんのモデル、朝さんは子どもたちを連れ、実家の滝川に遊びに行き、帰りの汽車に乗っていました。

青森から上野に向かう途中、現れたリンゴ畑。

幼いトットちゃん(加津子のモデル黒柳徹子)は感動して「リンゴだ!リンゴだ!」と叫びます。

まだ太平洋戦争の前でしたが、東京ではもうリンゴはほぼ売ってない状況でした。

リンゴを手にしたい朝さんでしたが、どうすることもできません。

すると近くにいた青森の農家のおじさんが、話しかけてきました。

リンゴが欲しいか?

「欲しいです!」と言う朝さんに、住所を書くように言い、そのメモをおじさんは受け取ります。

2週間後、東京の自宅に貴重なリンゴが2箱も届きました。

それ以降青森のおじさんとは、リンゴや野菜などを送ってもらう関係になったのです。

話はここで終わりません。

太平洋戦争がはじまり、いよいよ疎開しなければ・・・と思った朝さんは、実家の滝川より近い青森に決めました。

ほかにも候補はありましたが、これは朝さんの直観です。

おじさんに連絡せず向かった朝さん。途中青森のみなさんの親切に助けられ、おじさんの家に到着しました。

突然やってきた4人の黒柳家を、快く受け入れてくれたおじさん。

久しぶりの白いご飯や魚の干物。それに果物まで。

東京では考えられないごちそうです。

おじさんの手助けで、リンゴ農家の作業小屋を借りることができ、朝さんはその小屋をきれいに飾り付けし、畑づくりまで始めました。

朝さんは昼夜働き、子どもたちを必死に育て、終戦後に東京に戻ります。

このように青森のおじさんは、伊奈かっぺいさんのイラストに登場するような、とっても心優しい人物でした。

まとめ

NHK連続テレビ小説「チョッちゃん」に登場する、青森のリンゴ農家のおじさん、喜作役を演じたのは伊奈かっぺいさん。

78歳の現在も、2本のラジオ番組を持ち、活動を続けられています。

青森で生まれ育ち、青森放送でサラリーマンをされながら、タレント活動を趣味として活動。

ホリプロに業務委託をし、「かっぺい&アッコのおかしな二人」を皮切りに全国区のタレントとしても活動され、24時間テレビのパーソナリティをされたことも。

「チョッちゃん」のほか「太陽にほえろ」などのドラマにもご出演されました。

青森放送を定年後も、ローカルタレントとして青森を中心に活動。

詩人、イラストレーター、シンガーソングライターなど、いろいろな肩書をお持ちです。

「チョッちゃん」再放送を楽しんでおられるかもしれませんね。

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