現在BSで再放送中の2025年9月18日放送の朝ドラ「チョッちゃん」136話に黒柳徹子さんが行商のおばさん役で登場します!
連続テレビ小説「チョッちゃん」で黒柳徹子さんが登場する136話のあらすじをご紹介します。
チョッちゃんで黒柳徹子が行商のおばさん役で136話に登場!
朝ドラ「チョッちゃん」とは?
朝のひととき、テレビから流れてくるドラマに心を温められた経験は、誰しも一度はあるのではないでしょうか。
1987年に放送されたNHK連続テレビ小説『チョッちゃん』は、そんな“朝ドラ”の歴史の中でも異彩を放つ一本です。
本作は、女優・黒柳徹子の母、黒柳朝さんの波乱に満ちた人生を描いた作品。原作は朝さん自身が綴った自伝『チョッちゃんが行くわよ』。この一冊から生まれたドラマは、家族と生きることの力強さ、そして「母」の存在の重みを、静かに、しかし鮮烈に私たちに訴えかけてきます。
「チョッちゃん」とは、主人公・黒柳朝さんの愛称。小柄で元気な彼女は、大正から昭和を駆け抜けるように生き抜いた女性。夫の死や戦争、子育てなど、幾多の困難に立ち向かいながら、持ち前の明るさと行動力で道を切り開いていきます。
本作では、そんな彼女の人生を通して、昭和の家庭、女性の生き方、そして親子の絆が丁寧に描かれました。
実はこの作品、なんと、黒柳徹子さんご本人も出演していることが当時も大きな話題に。さらに、朝の息子であり徹子の弟でもある黒柳紀明さんが、劇中のバイオリン演奏の指導に携わるなど、まさに「黒柳家総出」の朝ドラでもありました。
リアルな人生が、リアルな家族の関わりによって描かれる。だからこそ、心を打つ場面が多かったのかもしれません。
また、ドラマの中でたびたび飛び出す北海道弁の「…っしょ?」(=「…でしょう?」)がちょっとした話題になりました。
視聴者の間では「つい口癖になった!」という声も多く、方言の魅力や地域文化への関心も高まった瞬間でもあります。
そんな「チョッちゃん」ですが2025年3月から、BSおよびBSプレミアム4Kにて再放送がスタート。
しかし、主演の夫役を務めた俳優・世良公則さんが、7月に参院選への出馬を表明したことで、一時的に放送が中断される事態に。
このような出来事も含めて、改めて「テレビと社会のつながり」を感じさせられるエピソードです。
『チョッちゃん』は、「母」という存在がどれほど大きな影響を家族にもたらすかを教えてくれます。
笑いながら、泣きながら、怒りながら…すべてを背負って子どもたちを育てた朝さんの姿は、どの時代の母にも共通する“強さ”と“やさしさ”を象徴しているかのようです。
そしてついに、話題の黒柳徹子さんが登場するエピソードが放送されます!
チョッちゃんで黒柳徹子が行商のおばさん役で136話に登場!
黒柳徹子さんが登場するのは、9月18日放送の136話です。
以降でストーリーとともに、黒柳徹子さんの登場シーンをご紹介していきます。
空襲の恐れがあり、危険な東京で要の帰りを必死に待っていた蝶子ですが、ついに強制疎開が命じられることになります。
そして、蝶子たち家族は、滝川に向かうことになるのでした。
滝川へ向かう汽車の中で、みさ(由紀さおり)の体調が急変してしまいます。
蝶子たち一行は途中の駅で降りて駅舎で休むことに。
心配する蝶子(古村比呂)たちのもとへ、偶然通りかかった行商のおばさんが声をかけてきます。
そう・・・それがなんと黒柳徹子さんなんです!
初回放送当時、あまりにもリアルな現地のおばさんだったので、黒柳徹子さんだと気付かなかった人もいたそうです。
「このあたりに知り合いはいないの?」と尋ねられた蝶子は、ふと以前、リンゴを送ってもらった中本喜作(伊奈かっぺい)の家が近くにあることを思い出します。
さっそく中本さんを訪ねて事情を話し、一晩だけ泊めてもらえないかと頼むと、「無理せず、このままずっとここにいたらいい」と、あたたかく迎え入れてくれる・・・という展開でした。
この後、中本さんを頼って、青森県で疎開することになるのですが、黒柳徹子さん演じるおばさんは、蝶子たちが青森県で疎開をするきかっけとなる役柄でした。
以下の記事では、ドラマや史実の疎開についてまとめてあります!
黒柳徹子のチョッちゃんへの出演のエピソード
黒柳徹子とは?
あまりにも有名な黒柳徹子さんですが、念のため、ご紹介していきます。
東京都生まれ。
1953年、日本初のテレビ女優としてNHK放送劇団に入団し、テレビの黎明期を担う存在となります。
翌年にはラジオドラマ『ヤン坊ニン坊トン坊』で初主演を果たし、その後も数々の人気番組に出演して多忙を極めることに!
1961年には文学座研究所に入所し、演技力をさらに磨きます。
1971年にはニューヨークへ渡り、演劇と福祉について1年間の留学を経験。この海外経験が、その後の社会活動や演劇活動に大きな影響を与えたとのことです。
1976年からスタートしたトーク番組『徹子の部屋』は、長寿番組として広く親しまれ、2011年には「同一司会者による最多放送回数」としてギネス世界記録にも認定されました。
また、『ザ・ベストテン』『NHK紅白歌合戦』などで音楽番組の司会を務め、『世界・ふしぎ発見!』のレギュラー解答者としても長年活躍。
舞台俳優としても数多くの作品に出演し、マルチタレントとして不動の地位を築いています。
1981年には、自身の幼少期を綴った著書『窓ぎわのトットちゃん』が出版され、戦後最大のベストセラーに。世界中で翻訳され、広く愛読されている。
1984年からはユニセフ親善大使として国際的な人道支援活動にも尽力。芸能、文化、福祉の各分野で、今なお第一線で活躍を続けています。
と・・・全部説明していたら、すごいことになってしまうので、経歴のほんの一部をご紹介しました。
黒柳徹子のチョッちゃんへの出演のエピソード
朝ドラ「チョッちゃん」に登場して視聴者を驚かせた黒柳徹子さん。
\徹子さんヒストリー/
1970年【ステージ101】
“伝説の音楽番組”の司会を一時期担当していた徹子さん。そして1971年の秋に以前から心に決めていたアメリカ留学へ。その1年後に戻ってきた時の徹子さんの文章は・・・?
発掘プロジェクト⇒ https://t.co/uyAcydXYts#黒柳徹子 #NHKアーカイブス pic.twitter.com/lIFiR57MCQ— NHKアーカイブス (@nhk_archives) August 9, 2023
黒柳徹子さんがこれまでに出演したNHK朝ドラ・連続テレビ小説は、アメリカ留学直前に家政婦役で出演した『繭子ひとり』、『チョッちゃん』、そして『おひさま』の3作でした。
テレビドラマへの出演は控えていたという黒柳徹子さんにとって、貴重な出演作品の1つです。
「チョッちゃん」では実際に黒柳家が疎開していた三戸(青森県)の行商のおばさんという、実体験にもとづく役でした。当時の東北の言葉を今でも覚えていて、それを演技に活かせたことが印象に残っているそうです。

コメント